シドニーのジョリースワグマンホステルについて
オーストラリア初のバックパッカーホステル
シドニーのジョリースワグマンホステルについて
シドニーホステル物語
1975年を振り返ってみましょう……
シドニーのキングスクロス地区、ヴィクトリアストリートに、小さな安いホステルがありました。
この小さな”ホステル”は、年配の長期滞在者で占められていました。
たびたび、この小さなホステルの扉をたたく者がおり、そこには若そうなさわやかな顔をしたバックパッカーや旅行者が、その夜の寝床を求めて立っているのでした。
不運にも、そのときの安宿ホステルのゲストはすべて長期滞在者だったので、それら若いバックパッカー達の部屋はなかったのでした。
しばらくして、ヴィクトリアストリートにあるその小さなホステル/ホテルのオーナーは、それらバックパッカーや旅行者達との交わりの方がずっと好きだと思いました―特に彼らが話すオーストラリアの奥地や、イーストコースト、シドニーで味わった興奮などの体験や物語が―そして彼は、バックパッカーホステルへと、ビジネスを変更したのでした。
彼はただ単に、サインを”BACKPACKERS AND TRAVELLERS HOSTEL(バックパッカーと旅行者のホステル)“と変更しただけでした。そして彼は、元々の長期滞在のゲスト達が、その地区の代わりの宿を探すのを手伝いました。
こうしてシドニーのバックパッカーホステル ジョリースワグマンが誕生しました。-初めての旅行者のためのオーストラリアのホステル― そしてキングスクロス地区のヴィクトリアストリートでは、新たにオーストラリアのホステリングとバックパック旅行産業が始まりました。そうです、あなたがここに泊まるということは、あなたはオーストラリアのバックパック旅行の歴史の一部になるのです。
バックパッカー達が最初にオーストラリアに来始めたのは、1975年のことでした。.
2000年になるまでには、ただしずくほどの数のバックパッカーであったのが洪水のようになり、エキサイティングで新しいオーストラリアのバックパッカー産業は大盛況でした。1975年に始まったシドニーのホステル ジョリースワグマンは、今日まで家族経営のホステルであり続け、現在も同じオーナーによって運営されています。
初期のパイオニア的来訪者たちが、私たちに、すべてのバックパッカー達が必要としているものの基礎を教えてくれました。―良くて安いホステル、清潔なホステル、そして楽しくて、冒険的で、ロマンスさえもあるホステル…
もちろん、バックパッカー達が要求する追加設備は変わってきています。そしてジョリースワグマンバックパッカー シドニーは、今日の若いバックパッカー達が欲しいもの、必要とするものを、絶えず提供しつづけています。―ワイヤレスインターネット、DVDライブラリ、ワイドスクリーンテレビ、キッチン設備、仕事探しのお手伝い、ロッカー、冷蔵庫などなど……
ジョリースワグマンホステル シドニーはグレードアップして、キングスクロス地区のオーウェルストリート 27番地の新しいビルへ移動しました。そこはすべてが始まった場所のすぐそばです。
たくさんのバックパッカー達が私たちに質問してくること ….
"どうしてジョリースワグマン バックパッカーという名前がついたんですか?”
ジョリースワグマンというのは、オーストラリアの第二国歌であり最も人気のある国歌”
Waltzing Matilda(ワルツィング・マチルダ)”の中で触れられています。それはこう始まります…"Once a Jolly Swagman
camped by a billabong(ある日陽気なスワグマンがビラボンのそばでキャンプをした…)
歴史的には、スワグマンはオーストラリアで最初のバックパッカーで、冒険好き、勇敢で自由、大胆な性格の、オーストラリアをくまなく旅するのを愛した人です。
スワグマンは食べるために働いて(彼は便利屋でした)、オーストラリアの大きな空の下で野外キャンプし、次の冒険へ出かける前に数ポンドを稼いで暮らしていました。
このことと、ジョリースワグマン バックパッカー ホステル シドニーのオーナーが、反乱軍兵士であった兄弟を持っていて、彼もスワグマン同様旅行生活をしていたことが、ジョリースワグマン バックパッカー シドニー という名前が選ばれた由来になっています。
ジョリースワグマン バックパッカー シドニーのお話を読んでくださってありがとうございます。私たちは皆さんが私たちのホステルに滞在してくれることを願っていますし、心より皆さんに会えることを楽しみにしています。もしも何かご質問があれば、どうぞ私たちにお問い合わせ下さい。
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